あおみかんのブログ

フリーランスのIT系エンジニア。つくば在住。

Twiterをやめた話

僕がTwitterを始めたのは大学2年生の頃で、2008年の事だった、たぶん。 3年で2009年だったかも。

ともかく、10年近く慣れ親しんだツールだったけれど、色々思う所があって、メインのアカウントは閉じ、離れることを決めた。

まだ3日かそこらしか経ってないけど、とりあえず好調なので、そのフィーリングを共有しつつメモしておく。

そもそもTwitterをしていたのは、クセになっていたからだったようだ。

仕事中にせよ、日常にせよ、なんとなく「あっ」と気づいた事などがあったらツイートする癖。

プログラマー的に言えば、フックが設定されていた感じ。

意図的に共有するなら、実利的なものだろうと、面白いものだろうと構わないけれど、深く意図せずに何でも書いてしまうのは困りものだ。

そのフック、思考の枷のようなものがなくなると、自分が自由であると言うことを改めて感じるようになった。

もちろん(おそらくちょうど禁煙中の喫煙者のように)「あっツイートようかな」と思う事は一日に何度も(おそらく30回くらい)あるのだけど、もうやめたので、ツイートしない。 そして、ツイートしないから気が散らず、1個1個の本当にやりたい事に集中しやすくなった。気がする。

思えば僕はこの数年、ツイートに「説明責任」みたいなものを感じるようになっていた。

自分の感じた事をざっと書くぐらいで良い筈なんだが、フォロワーにせよそれ意外にせよ、重箱の隅をつつくような「正しい」ご指摘をしてくる人というのがいて、それを考慮して事細かに書かねばならないような感じになっていた。

まぁこれは「重箱の隅をつつく」のが仕事なプログラマーがフォロー・フォロワー範囲に多かったせいもあると思う。自分もそういう所はあるので人の事は言えない。

そうは言いつつ、反応があると楽しいような、中毒のような、まぁそんな感じだった。

Twitterで主に連絡を取り合う付き合いの長い友人知人もいるので、最後には鍵アカにして連絡先だけツイートして追える事にしたんだけれど、そこから連絡取ってくれるような人は、特に大事な友人だと思う。これからも良い関係を保っていきたい。

Twitterは、UIやUXの徹底的な改悪、ネットに元々精通していない人々の流入による極端な大衆化や、フォロー範囲が多い場合に平均化していきインタレストグラフとして機能しなくなっていくなど、さまざまな課題を抱えているように思う。

ゼロ年代以前からインターネットを使っている人間として、今風のネットのよさと、昔ながらのネットの魅力を見据え、そのうち何かできないかな、などと考えつつ、ひとまず一度Twitterからは距離を置き、落ち着く時間を作ることにしてみる。

とりとめないが、とりとめるつもりもなかったので、まぁこれでいいでしょ。